酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

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4743 春日とよ墓(台東区上野桜木1-16-15・寛永寺)

春日とよ(かすが - とよ)    
明治14年9月15日~昭和37年4月13日(1881-1962)


春日流小唄家元。本名:柏原トヨ。


父、英国人エドワード ホームズ。母は、浅草の芸妓。東京浅草出身。


幼年より祖母と母に歌と踊りを習い、のち、2代今藤長十郎・杵屋勝太郎に長唄を習う。


16歳で浅草の芸妓となり鶴助を名乗る。"洋髪の文学芸者"とあだ名がつく。


結婚のため一時引退するが、大正2年(1913)復帰。邦楽各流派を研修。とくに小唄に傾注する。


大正10年(1921)待合春日を開き、ラジオで毎月小唄を放送。


昭和3年(1928)小唄春日流を創始。小唄の創作と演奏に新境地を拓く。


昭和35年(1960)紫綬褒章を受賞。


昭和36年(1961)8月財団法人春日会を結成。作曲数は245曲。82歳。


代表作:「婦系図」、「春琴抄」、「梅一輪」、「心して」、「鶴八鶴次郎」など。



● 春日とよ(本名 柏原トヨ)
明治14年9月15日英国人を父に東京浅草に生まれる。


父は3歳の時に英国へ帰国するが、トヨは母方で何不自由なく育てられる。


芸事が好きな祖母と母の元で、唄と踊りの手ほどきを受ける。


長ずるに及んで、常磐津、清元、長唄、荻江など各流の研鑽をつむが、とりわけ小唄には深く傾注し昭和3年に小唄春日流を創立した。


門人・知人には田中角栄、前尾繁三郎、渋沢秀雄など政・財界人が多く、また谷崎潤一郎、吉井勇、久保田万太郎、伊東深水などの文化人との親交も深かった。


昭和29年に自伝書が出版されるが、谷崎潤一郎はその序文で「数奇な運命に弄ばれ」た春日とよについて実に巧みに簡潔に描いたいる。


その小唄は、演奏はもとより作曲にも優れた才能を発揮し、新派を題材にした作品を多く残すなど小唄の新境地を拓いた。


また春日流を創立してからはその芸にますます磨きをかける一方、一段と門人の育成と指導にその生涯をかけ、その活動と実績が認められ昭和35年に紫綬褒章が授与された。


翌昭和36年には小唄の普及、発展を願い、全私財を投じて財団法人春日会を設立するが、昭和37年4月13日に82歳の天寿を全うした。