酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4741 銅鐘(どうしょう)(台東区上野桜木1-14-11・寛永寺)

本鐘の大きさは、総高177.2センチ、口径91.8センチ。


厳有院殿(四代将軍家綱)の一周忌にあたる、延宝九年五月八日に厳有院殿廟前の鐘楼に奉献された。


明治維新以降に、寛永寺根本中堂の鐘として、当所に移されたと伝えられる。


現在は、除夜の鐘や重要な法事の際に使用されている。


作者の椎名伊予守吉寛は、江戸時代前期(十七世紀後半)に活躍した江戸の鋳物師で、神田鍋町に住した。


延宝元年(1673)から貞享三年(1686)にかけて、銅鐘を中心に十七例の作例が知られている。


その中には増上寺や寛永寺などに関わるものも含まれており、幕府との関係の深さが窺える。


本鐘は、将軍家霊廟の儀式鐘で、近世初期の鋳物師の活動や鋳造技術を知る上でも貴重な遺品のひとつである。


平成十八年に台東区有形文化財として台東区区民文化財台帳に登載された。
(案内板より)