酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4617 旧佐伯丹下家屋敷(山口県萩市)

当屋敷は、幕末安政年間 ( 1854 ~ 59 ) に描かれた「萩城下町絵図」によると、萩藩大組士・佐伯丹下 ( 125石 ) の屋敷であったことがわかる。


佐伯丹下は幕末期、直目付や撫育方仕組掛、奥番頭役など藩の要職を歴任、多年藩の財政整理や岩国吉川家との交渉に尽力した。


明治 5年 ( 1872 ) 65歳で没するまで、この家が本拠であった。


その後、安富五三郎 ( 通称 : 伊勢屋 ) の所有になり、親戚の久原房之助が衆議院議員に立候補の時には選挙事務所になったこともある。


戦時中は九州大学名誉教授の永瀬純次郎が住み、戦後は萩中学校長の河内才三や、第六高等学校 ( 現岡山大学 ) 校長の金子幹太などが住んでいた。


屋敷は昔の状態がよく保たれており、映画のロケにも使われたことがある。


・「直目付」藩士の職務等を観察する役。
・「撫育方」藩の別途会計を管理する役所。
・「奥番頭役」藩主の側に仕え殿中の諸事一切を統括する役。
(案内板より)