酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4610 光國本店(山口県萩市大字熊谷町41)

たまたま開店前のお店に辿り着きました。





安永の初年(今より百八十有余年前)山口縣長州萩港の沖、日本海の孤島で青海島大日比(オオミジマオオヒビ)と云う村落ありて、男性の入門を禁じられた尼僧修行道場で有名な尼寺があります。
その尼寺の海辺に一つの珍らしい果実が漂着せるを拾いてその種子を撒附けたものが発芽成育したもので、初めは「宇樹橘(ユズキチ)」と呼び、何人も食用に供した者もなく、然るにその後文化の初年、夏期に食して美味なる事を初めて覚り、「夏橙(ダイダイ)」と名付けて大日比より萩町江向の士族、楢崎壱十郎兵衛へ贈った。
その贈られた果実の種子を蒔きて愛育したるもの、之が萩町に於ける種子蒔きの創初であります。


明治の初年、廃藩置縣の為め、萩城での士族は食禄を失はんとする當り、藩主、毛利公の奨励に従い競って種子を需め庭園と畑地とを問はず栽培して、活路を開き初めました。
 當時、萩町河添区の住民、小幡髙政は”祖式宗助””宍戸某等”らと相謀って、同志を募り、萩地方は夏蜜柑栽培に最も適し恵まれたる地質と気候とが相俟って、之が産業的計画に基づき栽培を施く奨励しまして、終に長州本場夏蜜柑と名附けて広く全国に輸出をするに至ったのであります。


日本最初夏蜜柑の原樹は史蹟及び、天然記念物に指定されて、山口縣長州青海島の大日比村落に老樹の子木、今尚生存して居ります。
(お店のhpより)


 夏蜜柑丸漬 ( マジ美味しいんですよ )