酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4509 山田顕義顕彰碑(山口県萩市大字椿東) 

日本大学の学祖「山田顕義」とは


日本大学の学祖である山田顕義は、最年少の門下生として14歳で吉田松陰が主宰する松下村塾に入門します。


高杉晋作や久坂玄瑞らと交流し、長州の志士として歩み始めた顕義は、大村益次郎から兵学を学び、幕末に戦闘が絶え間なく続いた長州藩において軍人としての才能を発揮、諸隊を率いて幕末・維新の動乱を駆け抜けました。


明治初年、日本近代陸軍の創設に尽力、岩倉使節団で欧米諸国を回覧後は、近代法の整備が急務であると痛感し、以後近代法整備事業に取り組んでいきます。


一方で教育普及にも力を注ぎ、明治22年には日本法律学校(現日本大学)、翌年には國學院(現國學院大學)の創立に尽力しました。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4967.html
4507 山田顕義誕生地(山口県萩市大字椿東)