酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4374 津和野藩校・養老館(津和野町後田ロ66)

● 養老館
養老館 ( ようろうかん ) は、津和野藩の藩校。菁々舎とも。


概要
1786年 ( 天明 6年 )、津和野藩 8代藩主・亀井矩賢が森村ノ内字下中島に設置。


当時は儒学 ( 教授:市川弁五郎、山口賢藏、增 ( 塙? ) 野禮藏。助教授:板村基一、山口重三郎、林一見等 ) が中心。


兵法、弓術 ( 伴派弓術・竹林派弓術 ) 馬術 ( 大坪流馬術・多田流一騎働 )、剣術 ( 一刀流剣術・挽田流剣術 )、槍術 ( 刃心流槍術・夢相流槍術 )、砲術 ( 浅木流砲術 ) 等はそれぞれ別の教場があったという


安政年間 ( 大火の後? )、田村の内殿町へ各練武場とあわせて新築する。改名時期はこの頃と思われる。


休業定日 二月丁祭南日 ( 前日・当日 )、三月上巳御霊社禮祭両日 ( 二十六日・二十七日 )、四月御帰城当日、五月端午、六月御發駕当日、祇園海両日 ( 七日・十四日 ) 七月七夕、盆会 ( 十三日・十四日・十五日 )、八月丁祭両日 ( 前日・当日 )、御霊社禮祭両日 ( 二十六日・二十七日 )、九月重陽、十月玄猪、十一月冬至、十二月節分 ( 二十一日 ~ 正月十日 )


建物は武術教場と書庫が現在も残されており島根県の指定史跡となっている。そのうちの武術教場は津和野町の民俗資料館として利用されている。


塾法 ( 安政四年と仮定す )
塾中心得書
正月元日二日三日但夜九ッ時迄  二月丁祭当日但夜五ッ時迄  三月上巳但夜九ッ時迄御霊社禮祭両日 ( 二十六日・二十七日 ) 但夜五ッ時迄  四月御帰城当日但夜五ッ時迄  五月端午但夜九ッ時迄  六月御發駕当日、祇園海両日 ( 七日・十四日 ) 但夜五ッ時迄  七月七夕、盆会 ( 十三日・十四日・十五日 ) 但夜九ッ時迄  八月丁祭当日、御霊社禮祭両日 ( 二十六日・二十七日 ) 但夜五ッ時迄  九月重陽但夜九ッ時迄  十月玄猪但夜五ッ時迄  十一月冬至但夜五ッ時迄  十二月二十八日晦日但夜九ッ時迄  毎月朔日但夜五ッ時迄  毎月十度但晩飯前ヨリ夜六ッ時迄
右ハ御定ノ他出致シ苦シカラサル事


一、他出シ度者ハ当番ノ教官ヘ相届ラルヘシ但拜前ヨリ他出致度者ハゼンジツ相届ラル可シ尤疾病事故ニテ夜中急ニ他出致度者ハ其由塾長ヘ申置翌朝塾長ヨリ届ケラル可シ 和学、医学、兵学、算法、習礼等定日ありてこれを教授す。
弓馬砲術柔術も同じ


槍剣は、日々教場を開く。


春秋両度藩主の臨場あり、試験は文学と武術と程度の比例なし、生徒賞品中免は金百疋、皆伝は上下を賜う。その他掲ぐ可きなし。


訓條などは前達の部に掲ぐ。


入塾次第 ( 明治 3年 ) 門下生
・西周
・森鴎外
・山辺丈夫
 
参考文献
・日本教育史資料 1- 9 文部省編 [第 2冊]〔2〕 諸藩の部 北陸道,山陰道,山陽道,南海道文部省 明 23 - 25 1892 )
 
関連項目
・津和野藩
 
外部リンク
・津和野町|藩校養老館/民俗資料館」= http://www.tsuwano.ne.jp/town/modules/gnavi/item.php?lid=9&cid=4
(wikiより)


 古いガラスのようです。