酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

3841 高田屋嘉兵衛銅像(函館市宝来町グリーンベルト)

この銅像は、嘉兵衛の功績を称えるとともに、函館開港 100年を記念して昭和 33 ( 1958 ) 年に建てられた。


製作者は函館出身の彫刻家、梁川剛一である。


嘉兵衛は明和 6年に淡路島に生まれ、28歳のときに函館に渡った。


文政元 ( 1818 ) 年に故郷に帰るまで、函館を基地として造船・海運業・漁場経営などを手がけ、国後島・択捉島の航路や漁場を開発し、函館発展の基礎を築き、大きな業績を残した。


さらに、ゴロヴニン事件という日露国家間の問題を、民間の立場ながら無事解決に導いたことでも有名である。


この像は、文化 10 ( 1813 ) 年、ロシア軍艦ディアナ号が捕らえられていたゴロヴニン船長を引き取るため、函館に入港した際に立ち会った時の嘉兵衛の姿である。


右手に持つのが松前奉行からの諭書、左手に持つのは艦内で正装に着替えた際に脱いだ衣裳であり、仙台平の袴に白足袋、麻裏草履を用い、帯刀している。
(案内板より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4161.html
3818 日露友好の碑(函館市宝来町)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4164.html
3821 高田屋屋敷跡(函館宝来町銀座通り)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4177.html
3833 高田屋嘉兵衛顕彰碑(函館市船見町18-14・称名寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4178.html
3834 高田屋嘉兵衛一族の墓(函館市船見町18-14・称名寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4206.html

3849 函館高田屋嘉兵衛造船所跡地(函館市末広町13-22)


 

 

 高田屋嘉兵衛