酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

3835 土方歳三と新撰組隊士の供養碑(函館市船見町18-14・称名寺)

土方歳三 ( 新撰組副長 ) は、榎本軍に加わり、函館で戦死した。


その場所は一本木 ( 若松町 )、鶴岡町、栄国橋 ( 十字街 ) など諸説あるが、土方ゆかりの東京都日野市金剛寺の過去帳には、函館称名寺に供養碑を建てた、と記している。


称名寺は、明治期の大火で 3回も焼けて碑は現存しないため、昭和 48年有志が現在の碑を建立した。


他の 4名は新撰組隊士で、称名寺墓地に墓碑があったが、昭和 29年の台風で壊されたため、この碑に名を刻んだ。
(案内板より)


石碑 ( 表 )


明治 二年 五月 十一日


歳進院殿誠山義豊大居士  位


土方歳三


野村義時 ( 野村利三郎と言う話もありますが… )


栗原仙之助


糟屋十郎


小林幸次郎


と刻されています。


関連情報
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37 山南敬助墓(京都四条大宮町37番地・光縁寺)


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101 沖田総司の縁者の墓(京都四条大宮町37番地・光縁寺)


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160 処静(しょじょう)院跡の石柱(文京区小石川3-14-6・伝通院)


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172 新撰組隊士墓(京都四条大宮町37番地・光縁寺)


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206 今戸焼と沖田総司終焉の地碑(松本良順邸跡)〔台東区今戸・今戸神社〕


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295 近藤勇と新撰組隊士供養塔(北区滝野川7-8-1・寿徳寺境外墓地)


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616 沖田総司墓(港区元麻布3-1-37・専称寺)


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844 壬生寺(京都府京都市中京区坊城通仏光寺上ル)


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964 斎藤一(藤田五郎)墓(福島県会津若松市七日町4-20・阿弥陀寺)


 土方歳三