酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

3011 酒井忠興墓(台東区・谷中霊園)

酒井 忠興(さかい ただおき、1879年(明治12年)6月6日 - 1919年(大正8年)9月22日)は、日本植物研究家、従三位伯爵。雅楽頭系酒井家宗家20代当主で、播磨姫路藩の第10代藩主の酒井忠邦の長男。


略歴

1879年(明治12年)6月6日、姫路藩第10代藩主・酒井忠邦の長男として生まれる(忠邦は忠興が生まれる3ヶ月ほど前に死去した)。


1887年(明治20年)6月6日、先代当主酒井文子(7代藩主酒井忠顕正室)より家督を継承。伯爵に叙せられる[1]


1903年(明治36年)、第5回内国博覧会オドントグロッサムを出品する。


1919年(大正8年)9月22日、死去。享年40。


親族

・妻:夏子 - 公爵三条実美の七女

・養嗣子:酒井忠正 - 備後福山藩第10代藩主で最後の藩主・阿部正桓の二男。

・長女:酒井秋子 - 忠正の妻。

・二女:酒井菊子 - 旧加賀藩前田本家第16代目当主・前田利為の妻。


脚注

1. 『平成新修旧華族家系大成』上p.640


参考文献

霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』(霞会館、1996年)


関連項目

酒井氏#雅楽頭酒井家系譜

(wikiより)


関連情報

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3228.html

3010 酒井忠正墓(台東区・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3230.html

3012 酒井美意子墓(台東区・谷中霊園)


 酒井忠興










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