酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

3002 伊達宗曜墓(台東区・谷中霊園)

伊達 宗曜(だて むねてる、明治13年(1880年5月11日 - 大正11年(1922年7月16日)は、明治時代から大正時代華族。正四位。男爵貴族院議員。


伊予宇和島藩主・伊達宗城の十男。幼名は鉤一郎。


明治25年(1892年)に兄・伊達宗倫の養子となり、宗曜と改名した。


妻は伊予吉田藩主・伊達宗孝(宗城の実弟)の娘・富貴子。


子に宗光宗克、宣子(藤沢威雄夫人)、城善、直子(大浦康信夫人)、菊子(高津奈良夫人)、欽子(秋元順朝夫人)、美知子(初名孝子)。


学習院中退後、築地の文海学校に入るが中退し、家庭教師に勉学を学ぶ。


大正9年(1920年)に貴族院議員となる。


大正11年に43歳で没した。家督は宗光が継いだ。


参考文献
日本人物大辞典(講談社刊)
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3219.html
3001 伊達宗倫墓(台東区・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5265.html

4777 伊達宗城墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)