酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

2983 浦島太郎伝説(長野県木曽郡上松町寝覚 )

● 浦島太郎伝説
昔、丹後の国竹野郡浦島というところに、水江という領主が住んでいました。


この息子に太郎という少年がいました。


ある日小舟で沖に釣りに出た太郎は、大きな白亀を釣り上げました。


お供の者が亀をなぐり殺そうとしたので、太郎はそれを止めて、亀を海に放してあげました。


太郎が家に帰ろうとすると、一人に美しい少女がどこからともなく近づいてきて「私は先ほどの亀です。助けていただいてありがとう。」と礼をのべ、太郎を常世の国竜宮城へ案内しました。


たいそうなもてなしを受け、月日の経つのも忘れて遊んでいた太郎は、ある日故郷を思い出し、龍王にいとまごいを申し出ました。


龍王は弁財天の尊像と、万宝神書を一巻、そして決して開けてはいけないという玉手箱を渡してくれました。


太郎が故郷に帰ってみると、見知らぬ人ばかりで、「浦島太郎といえば、三百年ほど昔、沖に出てそれきり帰らぬ人」と近所の人に語られていたのでした。


親兄弟はもちろん誰ひとり知る者がなく、淋しさに耐えかねた太郎は、諸国の旅に出ました。


そして、たまたまこの美しい里に足を止め、その景色が気に入り、住みついたのでした。


ある日太郎は、龍宮での生活が忘れられず、「今一度」と貰ってきた玉手箱を開けてみると、立ちのぼる白煙とともに白髪の翁となりました。


「ああ、今までの事は夢だったのか」と目覚めたことからこの地を"寝覚め"といい、床を敷いたような岩を見て、人々は"寝覚の床"と呼ぶようになりました。


その後翁は、天慶年間にどこへともなく立ち去ってしまいました。


立ち去った後の床岩の上には弁財天の像一体が残され、これを祠に祀って建立したのが現在の臨川寺といわれています。


ここ"寝覚めの床"の浦島太郎伝説は玉手箱を開いてからの後日談であるところが特徴です。


● 寝覚 ( ねざ ) めの床
大正十二年三月七日、内務省に寄り史跡名勝天然記念物に指定されました。

もちろん県立公園でもあります。

花崗岩の岩盤を、木曽川の激流が長い間にわたって、水食してできたものです。

花崗岩の方状節理と各所に見られる甌穴 ( ポットホール / 穴の開いた岩 ) は、地質学上、日本でも代表的なものといわれています。

それぞれの石には、その形になぞらえた名称がつけられ、浦島堂のかたわらの平らな石が、床岩、その奥にあるのが獅子岩、向こう側の甌穴のある岩が大釜、小釜、流れに沿って壁のような岩が屏風岩、その他烏帽子岩、象岩、腰掛岩などと呼ばれています。


● 寝覚 ( ねざ ) めの橋
対岸に橋を架けたら便利だろうと誰しも思いますが、実は架けられぬ龍があります。


昔村人たちが相談して、ここに橋をかけたことがありました。


橋ができあがって村人たちが渡ろうとすると、不思議なことに渦を巻いて流れていた木曽川の水が、急に鏡のようになって、おそろしい牛の顔がうかび上がってくるのが見え、誰も渡ることができませんでした。


それからは、誰もここに橋を架けようとする者はいないということです。


そのせいかどうか、現在でもここに橋を架ける話はききません。


この他にも、乙姫さまの腕借し伝説などが伝えられています。
(案内板より)










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