酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

304 姥ヶ池(浅草・花川戸)

姥ヶ池は、昔、隅田川に通じていた大池で、明治二十四年に埋め立てられた。


浅草寺の子院妙音院(みょうおういん)所蔵の石枕にまつわる伝説に次のようなものがある。


昔、浅茅ヶ原の一軒家で、娘が連れ込む旅人の頭を石枕で叩き殺す老婆がおり、ある夜、娘が旅人の身代わりになって、天井から吊るした大石の下敷きになって死ぬ。


それを悲しんで悪業を悔やみ、老婆は池に身を投げて果てたので、里人はこれを姥ヶ池と呼んだ。
(案内板より)


● 浅茅ヶ原の鬼婆
浅茅ヶ原の鬼婆(あさぢがはらのおにばば)は、東京都台東区花川戸に伝わる鬼婆の伝説で、観音菩薩の霊験譚として知られている。「一つ家の鬼婆(ひとつやのおにばば)」ともいう。また、一つ家(ひとつや)あるいは浅茅ヶ原(あさぢがはら)とも称される。


伝説
用明天皇の時代、武蔵国花川戸の周辺に浅茅ヶ原と呼ばれる原野があり陸奥国下総国を結ぶ唯一の小道があったが、宿泊できるような場所がまったくない荒地で、旅人たちは唯一の人家であるあばら家に宿を借りていた。この家には老婆と若く美しい娘が2人で住んでいたが、実は老婆は旅人を泊めると見せかけ、寝床を襲って石枕で頭を叩き割って殺害し、亡骸は近くの池に投げ捨て、奪った金品で生計を立てるという非道な鬼婆だった。娘はその行いを諌めていたが、聞き入れられることはなかった。


老婆の殺した旅人が999人に達したある日、ひとり旅の稚児(ちご)が宿を借りた。老婆は躊躇することなく、寝床についた稚児の頭を石で叩き割った。しかし寝床の中の亡骸をよく見ると、それは自分の娘だった。娘は稚児に変装して身代わりとなり、自分の命をもって老婆の行いを咎めようとしていたのだった。老婆が自分の行いを悔いていたところ、家を訪れていた稚児が現れた。実は稚児は浅草寺観音菩薩化身であり、老婆に人道を説くために稚児の姿で家を訪れたのだった。


その後、観音菩薩の力でと化した老婆が娘の亡骸とともに池へ消えたとも[1]、観音菩薩が娘の亡骸を抱いて消えた後、老婆が池に身を投げたとも、老婆は仏門に入って死者たちを弔ったともいわれている[2]


詳しい事は『浅茅ヶ原の鬼婆ウィキペディア』を御覧下さいませ。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E8%8C%85%E3%83%B6%E5%8E%9F%E3%81%AE%E9%AC%BC%E5%A9%86
(wikiより)









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