酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

300 伊豆長八の墓(台東区松が谷2丁目・正定寺)

長八は鏝絵(こてえ)を描き、『異本日本絵類考』に、「最古の技に長ぜり」「柱等に種々に絵画を泥装するをもて、専門の業となし、又花瓶額面等に、花卉鳥獣の形を塗る、世人以て絶妙の技となす」と評された人物。


鏝絵とは漆喰を塗った上に、鏝で絵を書き出したもので、石灰絵ともいう。


文化十二年(1815)八月五日、伊豆国松崎で誕生した。


俗に伊豆長八と呼ばれ、世に知られた。


天保元年(1830)に江戸へ出て、盛ん棟梁・源太郎の弟子となった。


修行のかたわら、狩野派の画法を学び、乾道と号した。


また晩年には仏教学も学んで天佑と号したという。


明治三年(1870)に名字の名乗りが許されると、最初上田と名乗り、後に入江と改姓した。


明治二十二年十月八日に七十八歳で、深川に没すると、遺骨は正定寺に埋葬され、同時に松崎の浄感寺にも分骨された。


正定寺の墓石には、「入江家先祖の墓」と刻まれ、台石には「深川播磨屋」と養家の家号が刻まれている。
(案内板より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3.html
1 伊豆長八の龍の鏝絵(北品川・善福寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1098.html
1014 橋戸稲荷神社と伊豆長八の鏝絵(足立区千住橋戸町25番・橋戸稲荷神社)









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