酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

299 寺田屋お登勢墓(京都市伏見区本材木町676・松林院)

お登勢は、寺田屋六代目伊助の妻で、龍馬など勤王の志士を陰に陽に応援した。


お竜を養女にもしている。


明治10年(1877)9月7日48歳で亡くなっている。


この墓は7代目伊助の妻花子が建てたという。


● お登勢
お登勢(おとせ、文政12年(1829年)頃 - 明治10年(1877年9月7日)は、幕末期の寺田屋の女将である。


略歴
近江国大津で旅館を経営していた大本重兵衛の次女として生まれた。18歳で、伏見南浜の船宿である寺田屋の第6代目主人寺田屋伊助の妻となり、一男二女をもうけた。夫伊助は放蕩者で、経営を悪化させたので、お登勢が代わりに寺田屋の経営を取り仕切り、姑の面倒も見ていた。伊助は(酒を飲みすぎとも言われるが)病に倒れて35歳で若死にしたが、お登勢はそのまま女将として家業を続けた。


寺田屋は薩摩藩の定宿であり、文久2年(1862年)には寺田屋騒動が起きて薩摩藩士が斬り合いを行なった際には、お登勢もその場にいて3歳の次女を竈に隠して帳場を守った。事件後、薩摩藩からの見舞金が入り、使用人に命じて即座に畳や襖を取り替えて、営業できるように整えたと言う。


お登勢は人の世話をすることを道楽としており、坂本龍馬をはじめとする幕府から睨まれていた尊皇攘夷派の志士たちを保護した。龍馬に託されたお龍は養女として扱い、お龍の母に仕送りまでしていた。


慶応2年1月24日(1866年3月10日)、寺田屋に滞在していた龍馬と三吉慎蔵伏見奉行によって襲撃され捕えられそうなったことがあり、薩摩藩と伏見奉行との間で軋轢が生れ、薩摩側のお登勢も幕府から目を付けられて、危険人物と見なされて牢に入れられかけたこともある。


明治10年(1877年)、死去。墓所は寺田屋に程近い伏見松林院。龍馬が彼女に宛てた手紙の多くは、彼女に頼み事や泣き草を聞いてもらうようなものが多いことで知られる。


演じた女優
山田五十鈴:映画『満月三十石船』(1952年)
森光子NHK大河ドラマ竜馬がゆく』(1968年)
市原悦子:NHK大河ドラマ『勝海舟』(1974年)
岸恵子:NLT『竜馬が愛した女』(1974年)
范文雀:NTV『俺たちの明日』(1980年)
淡島千景テレビ東京竜馬がゆく』(1982年)
浅茅陽子:TBS『坂本龍馬』(1989年)
松金よね子:映画『幕末純情伝』(1991年)
池上季実子TBS竜馬がゆく』(1997年)
若村麻由美:テレビ東京『竜馬がゆく』(2004年)
戸田恵子:NHK大河ドラマ『新選組!』(2004年)
草刈民代:NHK大河ドラマ『龍馬伝』(2010年)
室井滋:TBS『JIN-仁-(完結編)』(2011年)


参考文献
歴史群像編集部編 『幕末維新人物事典 : 天皇・公家・将軍・幕臣・大名・藩士・諸隊隊士・女性・商人・外国人ほか : 全国版』 学研マーケティング、2010年ISBN 9784054044630
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/309.html
296 寺田屋(伏見区南浜町263)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/347.html
334 坂本龍馬墓(東山区清閑寺霊山町1・霊山護国神社)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/394.html
379 平野国臣墓(東山区清閑寺霊山町1・霊山護国神社)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3623.html
3366 伏見寺田屋殉難九烈士之墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3637.html
3376 田中謙助墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3638.html
3377 橋口伝蔵墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3647.html
3385 柴山愛次郎墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3648.html
3386 弟子丸龍助墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3649.html
3387 橋口壮介墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3650.html
3388 西田直五郎墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3659.html
3396 森山新五左衛門墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3660.html
3397 山本四郎墓(京都市伏見区鷹匠町4・大黒寺) 



 

 お登勢と言われる画像。









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