酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

2568 井上正鉄墓(台東区谷中7-5-24・谷中霊園)

井上 正鉄井上 正鐵、いのうえ まさかね、寛政2年8月4日1790年9月12日) - 嘉永2年2月18日1849年3月12日))は幕末国学者神道家


経歴

1790年 - 上野国館林藩安藤真鉄(あんどうまかね)の子として出生。母方の縁者の養子に入り井上姓となる。


1840年 - 足立郡梅田神明宮の神職となり、江戸で独自の神道を唱える。


1842年 - 江戸幕府の滅亡を予言する言動を理由に三宅島に流される。


1849年 - 三宅島で没す。


  明治維新後、門人の坂田安治らによってその思想が纏められ『禊教』となる。


備考

・独自の呼吸法で大音声を発することができたといわれる。


・三宅島では釣りを楽しんだといわれ、釣りにまつわる歌を幾つか残している。


 ・轟ろ打つ波もこさじな大海の沖の小島に釣りをたれつつ


 ・荒磯の沖の小島に釣りたれて神代のままの秋の夕暮れ


 ・教団関係者は、「井上正鐵」の表記を用いている(例えば、[1])。


参考文献

禊教経典研究所編『井上正鐵神御文書』禊教本院、1982


関連事項

水野南北

伯家神道

身曾岐神社

松平宗秀


外部リンク

梅田神明宮(公式サイト)

(wikiより)


 左の墓石









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