酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

1232 大須賀乙字墓(豊島区南池袋4丁目・雑司が谷霊園)

大須賀乙字 (おおすが おつじ)
明治 14 ( 1881 ) ~ 大正 9 ( 1920 )


福島県相馬市中村町出身。


名は績 ( いさお )。父は漢学者のイン ( 竹冠に均 ) 軒。東大国文科卒。


中学の頃から句作を始め、東大在学中に河東碧梧桐、小沢碧童らを知る。


明治 37年に碧梧桐門下に入る。


また、同時期に臼田亜浪とも親交を持つ。


後に両人は作風の違いから離れるが、乙字は伝統を尊重、古典復興に努めることとなる。


明治、大正時代の俳論の第一人者。


卒業後、曹洞宗第一中学校の教師となり、大正 5年に東京音楽学校 ( 現:東京芸術大学 ) 教授に就任。


「東京日日新聞」の俳句欄選者。『アカネ』『懸葵』『海紅』などを中心に活躍。


編著
『故人春夏秋冬』『鬼城句集』など。


他『乙字俳論集』『乙字句集』『乙字書簡集』( いずれも没後に刊行 ) など。


門下には名和三幹竹、大森桐明、内藤吐天らがいる。


大正 9年 1月 20日、スペイン風邪から肋膜肺炎を起こし急逝する。


享年 40歳。墓は東京雑司ヶ谷の共同墓地。


乙字忌 ( 寒雷忌 / 二十日忌 )。


ひらめなる石に蜻蛉の日影かな


干足袋の日南に氷る寒さかな ( 辞世 )


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/885.html
825 河東碧梧桐墓(愛媛県松山市朝日ヶ丘1-1424・宝塔寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/886.html
826 河東碧梧桐墓(台東区三ノ輪1-27-3・梅林寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4209.html

3854 乙字句碑(豊島区雑司が谷3-19-14・本納寺)










にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ にほんブログ村

のバナーを「ポチッ」押して応援して頂くと管理人の励みになります。