酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

1231 林春雄墓(豊島区南池袋4丁目・雑司が谷霊園)

林 春雄(はやし はるお、明治7年(1874年2月25日 - 昭和27年(1952年1月1日)は、医学博士、薬理学者東京帝国大学医学部薬物学教室の二代教授。東京帝国大学名誉教授。貴族院議員


経歴

明治30年(1897年)に東京帝国大学医学部を主席で卒業し、明治33年(1900年)に助教授となった。明治38年(1905年)7月医学博士の学位を取得。明治35年(1902年)から明治38年(1905年)までドイツ・シュトラースブルク大学に留学した。明治41年(1908年)に薬理学第二講座が設けられると、林が帰国後勤務していた福岡医科大学(現・九州大学)から転じてこれを担任した。翌明治42年(1908年)教授となり、昭和9年 (1934年)まで在職した。薬物学を中心に研究。退官後の昭和12年(1937年)逓信病院の初代院長、翌年には国立公衆衛生院の初代院長、日本薬理学会初代会長などを務める。墓地は雑司ヶ谷霊園


栄典

1912年(大正元年)12月18日 - 勲六等瑞宝章[1]


著作

『薬理学』吐鳳堂書店、明治34年(1901年


脚注

1. 『官報』第124号「叙任及辞令」1912年12月27日。


関連人物

オスヴァルト・シュミーデベルク教授(近代薬理学の父)

高橋順太郎東京帝国大学初代薬物学教授)

(wikiより)


 林春雄










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