酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

1226 二代目・富士松薩摩掾墓(台東区谷中4-3-1・蓮花寺)

二代目・富士松薩摩掾 (ふじまつ - さつまのじょう)
1862 - 1939  明治 - 昭和時代前期の浄瑠璃 ( じょうるり ) 太夫。


文久 2年 5月 22日生まれ。新内節。


5代・富士松加賀太夫に入門。


加賀千代、魯遊 ( ろゆう ) などをへて 、大正 12年江戸派富士松をおこし松老と改名したが、のちふたたび魯遊を名のり、昭和 5年 2代・薩摩掾を襲名。


なお2代、3代とも初代とは血縁、芸系ともに無関係。


昭和 14年 10月 25日死去。78歳。江戸出身。本名は小林かつ。


この墓地には、初代・富士松魯中の墓所でもあるそうですが既に無縁合祀墓となっていて富士松魯中の墓は見られないそうです。


いまは門前の石柱だけとなっています。( 画像 4 )










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