酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

デビッド・ボウイさんが死去


英国のロックミュージシャンで俳優のデビッド・ボウイ氏が亡くなったことが10日、分かった。公式ツイッターが伝えた。英国からの報道によると、がんだったという。8日に69歳の誕生日を迎えたばかりだった。


● デビッド・ボウイ

デヴィッド・ボウイ(David Bowie [ˈdeɪvɪd ˈboʊ.i], 本名 David Robert Hayward-Jones, 1947年1月8日 - 2016年1月10日">[1])は、イギリスのマルチ・ミュージシャンであり、俳優としても長いキャリアを持つ。2000年、雑誌『NME』がミュージシャンを対象に行ったアンケートでは、「20世紀で最も影響力のあるアーティスト」に選ばれた。

映画監督のダンカン・ジョーンズは息子。


エスクァイア誌の選ぶ歴史上最も洗練された10人のミュージシャン」において第1位[2]

ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第23位[3]

「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第39位[4]

Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第28位[5]


略歴

出自から初ヒットまで

1947年1月8日イギリスロンドン南部ブリクストンに生まれた。本名はデヴィッド・ロバート・ジョーンズ。子供の頃から、音楽好きの父親が買ってくるプラターズリトル・リチャードエルヴィス・プレスリーなどの、アメリカのポピュラー・ロック音楽に親しむ。14歳の時(1961年)、母親からアルト・サックスをプレゼントされ、地元のサックス奏者の師事を受ける。翌年、友人とのガールフレンドを巡る喧嘩が元で左眼の視力をほぼ失っている(左眼の瞳孔が開いた状態になり、以来、両目の色がそれぞれ異なって見えるようになる)。16歳の時、義兄テリーに薦められたジャック・ケルアックビートニク小説「路上」に決定的な影響を受け、本格的に音楽活動を開始。サックス奏者としていくつかのバンドに所属した。


1964年6月5日に「ディヴィー・ジョーンズ・アンド・ザ・キング・ビーズ」名義で最初のシングル「リザ・ジェーン」を発表。しばらくはヒットに恵まれず、「ザ・マニッシュ・ボーイズ」「ディヴィー・ジョーンズ・アンド・ザ・ロウアー・サード」などと名を変え、1966年4月のシングル「Do Anything You Say」から使い始めた「デヴィッド・ボウイ」でやっと芸名が定着することになる。


1967年6月、デビューアルバム『デヴィッド・ボウイ』を発表。アルバム製作中にチベット仏教に傾倒し、チベット難民救済活動を行うチベット・ソサエティに参加している。同年9月に短編映画『イメージ』(1968年)への出演が決定し、その撮影の際にリンゼイ・ケンプと出会っている。


1968年1月から3月までリンゼイ・ケンプの劇団の元で過ごし、パントマイムの腕を磨いた。


1969年、前年に公開された映画『2001年宇宙の旅』をモチーフにして、アルバム『スペイス・オディティ』を制作。アポロ11号の月面着陸に合わせて、その直前にシングル「スペイス・オディティ」をリリース。全英チャート5位、全米チャート15位まで上がり、人気ミュージシャンの仲間入りを果たした。


グラム・ロック時代

1970年ミック・ロンソンをサウンド面での盟友に迎え『世界を売った男』をリリース。歌詞に哲学・美学の要素が多分に含まれるようになり、1971年のアルバム『ハンキー・ドリー』でその路線は更に深まり、サウンドにも哲学・美学の要素が浸透し、ボウイはカウンターカルチャーの旗手としての地位を確立することになった。


1972年コンセプト・アルバムジギー・スターダスト』をリリース。コンセプトに基づいて架空のロックスター「ジギー・スターダスト」を名乗り、そのバックバンドである「スパイダーズ・フロム・マーズ」を従え、世界を股に掛けた1年半もの長いツアーを組んだ。初期はアルバムの設定に従ったものだったが、徐々に奇抜な衣装(山本寛斎の衣装も多く取り上げている)、奇抜なメイクへと変貌していった。アメリカツアーの最中に録音された『アラジン・セイン』は、架空のロックスター「ジギー・スターダスト」を演じるボウイというよりは、架空のロックスター「ジギー・スターダスト」そのもののアルバムになった。しかし、1973年7月3日イギリスでの最終公演を最後に、ボウイはこの架空のロックスター「ジギー・スターダスト」を永遠に葬った。一連の「ジギー・スターダスト」としての活動で、ボウイはグラム・ロックの代表的ミュージシャンとしての地位を確立することになった。


「ジギー・スターダスト」を演じることをやめ、一息ついたボウイは、子供の頃好んで聞いていた楽曲を中心に構成したカバーアルバム『ピンナップス』を発表し、それを最後にジギー・スターダスト時代の唯一の名残であるバックバンド「スパイダーズ・フロム・マーズ」を解散させ、盟友のミック・ロンソンとも離れることになった。


詳しい事は『デヴィッド・ボウイウィキペディア』を御覧下さいませ。 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%A6%E3%82%A4

(wikiより)


・Oddity Original Video

David Bowie- Space Oddity Original Video (1969)



・Ziggy Stardust

David Bowie - Ziggy Stardust (From The Motion Picture)



・Golden Years

David Bowie - Golden Years



・Absolute Beginners  

David Bowie - Absolute Beginners



・Dancing In The Street

David Bowie & Mick Jagger - Dancing In The Street



・Let's Dance

David Bowie - Let's Dance



・Modern Love

David Bowie - Modern Love



・Fashion  

David Bowie - Fashion


ご冥福をお祈り致します  合掌









にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ にほんブログ村

のバナーを「ポチッ」押して応援して頂くと管理人の励みになります。