酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5327 渡部欽一郎碑(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

渡部欽一郎 ( わたなべ - きんいちろう )
弘化 2年 ~ 明治 19年 8月 25日 ( 1845 - 1886 )


日本語の横書き・左起こしを提案し、制度となるきっかけを作った人。


美濃大垣藩 ( 岐阜県 ) 出身。


父、藩士・吉田益五郎 ( 次男 )。


号、柳圃。


明治 3年 ( 1870 ) 権少属。


明治 4年 ( 1871 ) 出納少属。


明治 7年 ( 1874 ) 出納大属。


以後累進し明治 17年 ( 1884 ) 権大書記官 ( 官吏の役職等級で 5級 ) となり、翌 1885年には勲六等単光朝日章を受章。


あるとき井上馨大蔵大輔のお供で大阪造幣寮 ( 庁 ) に行ったとき、西洋人の整然とした簿記を知り啓発され、帰京後に日本の簿記の横書き・左起こしを進言。


それが制度にまでなったという。


碑には、「渡部欽一郎が勤勉で功績を誇らなかった。長命であれば大きな業績を残したに違いない。4人の息子と 2人の娘に『ひとに接しては正しく、文人や儒学者のようであれ。ものに対しては一心に励んで妥協してはいけない。詩歌と音楽を楽しんでゆったりと過ごしなさい』という言葉を残した」とある。
42歳没。


 墓は、浅草本願寺墓地。











歴史の時間

「燃えよドラゴン」の作中 


ブルース・リーに髪の毛を捕まえられているのは・・・・ 若き日のジャッキー・チェン


 右側がジャッキー・チェン ( これが1回目 )


2回目は、ブルース・リーが棒 ( 太鼓のバチみたいな ) の二刀流になる直前のカメラの手前から出て殴りかかるも長い棒でひと叩きされる役 (これはブルース・リーが間違えて棒で殴ってしまったようです )。


 むごい・・・・ 間違えてマジ叩きされるジャッキー・チェン


3回目は、ヌンチャクのシーンで後ろから走ってきて、ヌンチャクで一蹴されて池に飛込む役。











歴史の時間

 ( 注. このシリーズに使用される画像は、すべてネット上の拾い物で御座います。)



1966年 6月 29日に ビートルズは初来日しました。


 右翼の街宣車ですかね。