酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4661 天広丸狂歌碑(墨田区東向島3-5-2・白髭神社)

天広丸(くむ酒は)の狂歌碑
天広丸(1756~1828)は本名を磯崎広吉、号を酔亀亭と名のり、宝暦6年(1756)鎌倉市今泉に生まれ、文政11年(1828)に没しています。


青石の自然石上部に酒を表すとみられる標記(酒の印篆のひとつか)をおき、次の狂歌を刻んでいます。


くむ酒は 是 風流の眼なり 月を見るにも花を見るにも


この狂歌は彼の出生地、鎌倉市今泉の白山神社参道入り口にある自筆の狂歌碑(文化元年) 1804 銘)と全く同じ筆勢ですから、これも自筆であり、建碑も文化初年を下らないものと思われます。


彼は狂歌を唐衣橘洲に学び、生涯、酒好きで、その著「狂歌酒百首」の巻頭(第一首を飾るのが、この歌でもあります。)


● 天広丸
天広丸 ( あまの - ひろまる ) 
( 1756 - 1828 )


江戸時代後期の狂歌師。


宝暦6年生まれ。


唐衣橘洲(からころも-きっしゅう)に学び、酔竹側(橘洲社中)の判者となる。


酒を好み、そのため財を失う。


文政11年9月15日死去。73歳。一説に文化6年3月28日死去。54歳。


相模(さがみ)(神奈川県)出身。


本名は磯田広吉。通称は豊吉。別号に酔亀亭、酔亀翁。


著作に「狂歌酒百首」、編著に「狂歌玉笹集」など。


【格言など】くむ酒はこれ風流の眼なり月を見るにも花を見るにも(「狂歌酒百首」)











4660 黒人塚(墨田区東向島3-5-2・白髭神社)

北島玄二「うつせみの」の歌碑(「黒人塚」)
白鬚神社にあるもののうち一番の古碑で、寛政12年(1800)の建碑です。高さ100cmに満たない四角柱の碑ですが、彫りも深く風格もある碑と言えましょう。


「黒人塚」と大書して、右面に「天やこの人を生み 天やこの人亡る この人阡人の玄 崑崙一人に選る倚る」(原漢文)、左面に「うつせみのうつつにしばしすみた川 渡りそはつるゆめのうきはし」としています。


北島玄二は本名を源二、色が黒(玄)いので玄ニと称したといいます。本業は医師で(くすしのみち)を著したともいいます。
(案内板より)  











4659 吉原神社(台東区千束3-20-2・吉原神社)

吉原神社でお祀りしているのは、弁財天です。


吉原神社のご祭神は、稲荷神である倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と弁天様である市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)で、開運、商売繁昌、技芸上達などのご神徳です。


元和 3 (1617)年、徳川幕府の命によって、江戸市中各地に散在していた遊女屋は日本橋葦町あたりに廓として統合されました。これが「江戸元吉原」です。


その後、明暦 3 (1655)年の大火のあと千束村に移転を命ぜられ、そこに新しく造られたのが「新吉原」ということになります。


新吉原遊郭には古くから鎮座されていた玄徳(よしとく)稲荷社、それに廓内四隅の守護神である榎本稲荷社、明石稲荷社、開運稲荷社、九朗助稲荷社が祀られておりました。


この五社が明治 5年に合祀されることになり「吉原神社」として創建されました。吉原神社の歴史は新吉原遊郭のそれと折り重なり、廓の鎮守の神として古くから崇敬されてきました。


五社のなかでも 九朗助稲荷社の創建は古く、和同 4 (711)年、白狐黒狐が天下るのを見た千葉九朗助という人の手で元吉原の地に勧請されたのがはじまりとされています。そして廓の千束村への移転にともなって浅草新吉原の地にふたたび勧請されました。


廓内の神のなかでも伝説や逸話に富み、遊女、遊客とからみ、開運、縁結び、商売繁昌のご利益のある神として華やかな信仰を集め、その様は江戸の小噺集などにもしばしば登場しています。


 この撮影後、若干の工事が有ったようです。


 吉原神社 及 吉原氏子全図(明治40年 銅版)

 

 明治27年時代


 大正12年 関東大震災時


 昭和20年 東京大空襲時


 昭和33年 公娼廃止時


 平成5年